「公共広報コミュニケーションマガジン」 第3号 2021.06.04発行
~With コロナ時代の、様々な地域の広報・プロモーションをどう考えるか(3)~
練馬区 区長室 広聴広報課 広報戦略係 岡野 勇太 様(第1回)
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「With コロナ時代の、様々な地域の広報・プロモーションをどう考えるか」
第3弾は東京都練馬区 区長室 広聴広報課 広報戦略係 岡野 勇太さんにお話を伺います。
【概要】練馬区が取り組む都市型のシティプロモーションの展開とコロナ禍における現時点での課題。今、改めて自治体広報というものをどう的確に行っていくか、というテーマでお訊きしました。今回を含め2回にわたりご紹介いたします(敬称略)。
なお、取材は3月中旬に実施したため、内容は当時のものになります。
ワクチン接種「練馬区モデル」の反響
編集部:まずは大きな話題となりましたワクチン接種における「練馬区モデル」についてお聞かせいただけますか。
岡野:練馬区モデルは厚労省が全国自治体の先進的な取組事例として、2自治体を取り上げたうちの1つです。反響はすごかったです。区長の報道ステーション生出演をはじめ、新聞各社やNHKなどに取り上げられました。
区民の方はもちろん、全国の自治体から「どんなことをやっているの?」と連絡があったと聞いています。シティプロモーションの取り組みでは、従来、魅力発信ということで、住民の方に参加してもらう形の動画制作なども行ってきましたが、一方で今回の練馬区モデルのような先駆的な施策を実行することで、区民や他の自治体に注目いただき、練馬区の魅力向上にもつながっていると、今回の事例を通して実感しました。とくに今回のように国から先進事例として紹介されるチャンスがあると、効果は大きいなと感じましたね。
編集部:どこの自治体でもできるものではないと思います。練馬区だからできた施策という面もあるのでは?
岡野:1つポイントがあるとすれば、練馬区は「地域医療課」「医療環境整備課」があり、日頃から医師会とお付き合いがあると聞いています。ワクチン接種にあたり、地元医師会との連携は不可欠ですが、練馬区では医師会と日頃からお付き合いしていたこともあり、現場の医師の方々のご意見をいただきながら練馬区モデルを構築していくことができたと聞いています。日常的に関係構築に努めていたからこそ、よりスムーズにできたのだと思います。
編集部:ワクチン接種の準備は、いつ頃から始めたのでしょうか。
岡野:そうですね。2020年の11月の段階から打ち合わせを開始し、初めて専門の係ができたのも11月で、その後1ヶ月で担当課長も配置されたので、スピード感を持って対応してきたと聞いています。課題ももちろんあるそうです。供給されるワクチンがとても少ないということで…練馬区モデルでは個別の診療所で接種していただくことになっていますが、250の診療所で接種してもらうのに対し、950人分しか最初はワクチンが配布されないんです。そうすると、予約してもらったのにワクチンが届けられないという状況になってしまうため、最初は特別養護老人ホームの方に対して接種開始するように調整しています。
編集部:広報担当所属として、報道対応についてはいかがですか?
岡野:ワクチン接種に対してメディアから連絡がない日はないですね。都心部はどの区も、ほぼそうなのではないかと思います。この取材対応もとても大事だと感じています。ワクチン接種に関して、区民の方々が報道を通して視聴すると「区が頑張っているね」というある種の魅力発信につながると思うんです。
今回、練馬区モデルについて「取材されることも大切なこと」と、担当課に取材を受けてもらっていました。ただ、「本業が間に合わなくなる」との声もあって、今は控えている状況です。やはりメディアで取り上げてもらうことは“区民からの区へ評価につながり、それが愛着”にも繋がると思いますね。
ウィズコロナの状況における広報取り組み
編集部:さて、二度の緊急事態宣言を経たりして、この一年間で完全に生活様式がニューノーマルに変わりました。コロナ以前とコロナ禍で広聴広報課の活動でフォーカスを当てる部分に変化はありましたか?
岡野:そうですね。これまでは、動画制作や、イベントに出展し、PR活動を行ってきました。都市農業の魅力と可能性を発信した世界都市農業サミットでは、スムージーを販売し、採れたて野菜の新鮮さを味わってもらうことをマルシェなどでやっていました。しかし、コロナ禍ではイベントに出展もできなくなってしまったので、直接会うPRは現実的ではないので、どうするべきか考えているところです。
現状の取り組みとしては、写真を通じて練馬の魅力を知ってもらうような取り組みを行っていますね。課内に写真が得意な職員が多いこともあって、SNSやHPに「自宅で楽しめる練馬の風景」のような形で、今まで撮り溜めてきた春夏秋冬の景色を紹介しています。
実は、写真を撮影していく中で、練馬にオオタカがいることを知った職員もいます。こうしたことも案外知られていないので、新しい発見に繋がったのではと思います。
編集部:シティプロモーションという視点ではいかがですか。
岡野:コロナ禍でヒントになっていく1つの視点として、「街歩き」があります。
広聴広報課の事業ではないのですが、農地や地域の様々なポイントなどを巡るスタンプラリーで、地点ごとに区民の方がトリビア的なものを説明する動画があり、視聴するとスタンプをゲットでき、全部集めると農業者の方の畑で野菜の収穫体験ができるような仕組みになっています。(すでに事業は終了。)こういったものは巡るだけなので密にもならないですし、屋外なのでコロナ禍にはとてもいいと思っています。
編集部:区民の方々が主体とのことですが、どういった方が主体なのでしょう。
岡野:農業者の方を中心にした実行委員会の方々です。東京都が指定する「農の風景育成地区制度」という制度があります。現在、都内で5箇所指定されているうちの2箇所が練馬区内にあるんです。「都市の貴重な農地を保全し、農のある風景を維持していく」というものです。
区民の方にとっては、畑の土埃が気になる方もいますが、農の風景を将来に引き継ぐことにより、農地が残ることで、様々な魅力があります。「新鮮な野菜が食べられる」「区民農園や農業体験農園がある」などの魅力があるので、その魅力を広めるためにメインとなる農業者の方たちが集まってプロジェクトを行っているんです。これに関しては、練馬区が出す補助金を使って頂いて、地域の農業者を中心に行われていますが、農業体験農園に参加している区民の方が手伝ってくれたりもして、地域コミュニティの醸成にもつながっています。
編集部:密にならないオープンスペースで可能な区の魅力発信の場を作っていくというのは、とても面白い切り口だと思います。
岡野:実行委員の代表の方が「住んでいても、駅との往復だったり、街歩きをすることは少ないのではないか」と言っていて、私自身も「確かにそうだな」と思いました。自分の家と駅との往復で、子供と公園に行くことはあっても、住んでいる地域をぶらりと街歩きする機会はないなと。
今であれば、テレワークでずっと家にいる方が多いと思いますし、街歩きをすれば少しは面白い地域の魅力が見えてくるのではないかなと思っています。こういったものが今後のシティプロモーションのヒントになっていくのではないかなと。ターゲットとなる方々にどのようにアプローチしていくのかなどは、今後考えていくことになりますが…
編集部:観光地でコロナの感染拡大が起こった北海道はまさにそれでしたよね。以前取材した那須塩原市は地域の方々に温泉地を回遊していただくためのツアーを行ったり、地方創生の予算を割いていました。
都市でもそうですよね。電車ではなく、歩くことで見えてくるものがたくさんありますね。そう考えると、練馬区は面積も広いですし、面白い場所もたくさんあるのではないかなと思います。
岡野:そうですね。あとは、自転車で回ってみても面白いのではないかなと思います。都市部では、シェアサイクルのスポットもたくさんあるので、活用しても面白いのではないかと思います。
関係人口/住民とのコミュニケーション
岡野:(自分の住む区内を徒歩や自転車でめぐるというアイデアについて)
まずは自分たちの周りのことを知ってもらうことが大事ですよね。シティプロモーションの考え方って、関係人口という言葉が注目されていて、自治体向けの広報冊子の中でも「いかに関係人口を増やしていくか、というシティプロモーションが大切だ」という話がありました。そういった観点でも、関係人口を作るための1つとして、街歩きのようなプロジェクトはいいなと思っています。
編集部:関係人口という言葉が総務省から出されてしばらく経ちますが、主に首都圏や人口の多い地域と過疎化している地域を繋げる文脈で語られることが多かったように思います。今お聞きしていて新鮮だと思ったのは、都会の23区の関係人口作りということで、どこまでを「関係作り」をしていくイメージでしょうか?
岡野:昔から住んでいた方々は「練馬はこういうまちだ」と分かると思いますが、新しく移り住んできた方のイメージは「緑が多い」「公園が多い」などの漠然としたものだと思います。だからこそ、そういった方々に区のことをもっと知ってもらう必要性を感じます。「緑が多い。農業は盛ん。だけど、どこで買えばいいの?」といった声を耳にすることもありますが、実は直売所が100か所以上もあります。
石神井公園駅で西武鉄道が西武グリーンマルシェというイベントを主催しています。練馬区もマルシェに出展させていただいた際、「ブルーベリー観光公園」のことについて、PRを行っている時のことです。
ブルーベリー観光農園については、毎年区報でも見開きを使い、HPやSNSでも周知しているので、区民の方々にもある程度浸透していると思っていたのですが、ファミリー世代に「これ、何ですか?」と聞かれたんです。ブルーベリー観光農園が30か所もあることをお伝えすると「全然知らなかった」というお声をいただいたんですね。自分たちが広報しているつもりでも、全然届いていない方々も多くいるのだと改めて気づいたんです。そのような人達にもっと練馬区のことを知ってもらい、興味を持ってもらう。とくに練馬区へ移り住んできたファミリー世代や若い人たちに、もっと区を知ってもらうことが関係人口を増やすことにつながると思います。
編集部:以前、ある自治体で「地方から若者が出て行く最大の機会は進学と就職だ」という話を伺ったことがあります。居住地の選択は、会社が指定したり、職場と家との往復の中でアクセスがいい、生活しやすいといった理由で住んでいるケースが結構多いのではないかと思います。でも、たまたま選んだのかもしれないけど、練馬区はこういう魅力があるのだと知ることによって、中には「ここで家庭を持ったり、生活基盤を作り、本籍地を移す」という方々もいると思うんです。
一方、住民と自治体との距離感としては、手続き以外で見る目的がないので、ホームページはほぼ見ないと思うんですよね。そういう方々に情報を見てもらう機会をどう作るのか=リーチの仕方はとても大事ですよね。特に、1人世帯の方は、地域の中での関わりが少なくなってしまうので、魅力に触れることがきっかけとなって、地域に入り込んでいけるというケースもあるのではないかと思っています。
岡野:確かに、自治体のHPで見るのは、ごみの出し方や、住民票の取り方とかですよね。
編集部:そうですよね。結婚・出産で補助があったりだとか…あとは、最近だと防災ですよね。普段の生活の中で、自分の住んでいる自治体を意識する機会は少ないですよね。
岡野:そういうところは、課題としてありますね。若い人の一人暮らしの場合などは、転入届などを出したあとは、区との関係はほぼなくなってしまうようなこともあると思います。ただ、その考え方についてはコロナ禍で変わっていくのではないかと思うこともあります。
例えば、タワーマンションに住んでバリバリ働いて…という形だけではなく、緩やかに働き、コミュニティーの中で過ごしていきたいという人も増えてきて、地域との繋がりももっと必要になってくるのではないかと思うんです。
編集部:そうした課題への広報という部署なりの対応ということでは、どんなことが考えられるでしょうか。
岡野:区民とのコミュニケーションは、シティプロモーションの部分だけではなくて、区役所の中にはたくさんあります。広報は情報が集まる部署でもあるので、多くの情報が入ってくる中で、整理して各部署に繋ぐ必要があるのではないかと思っています。
各部署では、もちろん色々な活動をやっているのですが、そのような情報が常に行き渡っているとは限りません。だからこそ、広報はその情報を集約してお伝え・コーディネートする必要もあるのではないかと思っているんですよね。
(後半に続く)